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淘汰はもうはじまっている

生き方
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詩恭です。

「淘汰」という言葉があります。
主に自然界で、環境の変化や時代の流れの中で当然起こるものだと認識しています。

一方で、人間の世界ではありそうでないのかな?と何となく思っていたんですが。

でもよーく見ていると、目に見える形で「もうはじまってるな」と感じるんですよ。

現状維持を望む人、思考停止している人から先に。

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わからないのは当たり前

ちなみに淘汰とはこんな意味とのこと。

 水で洗ってより分けること。転じて、不必要なもの、不適当なものを除き去ること。「不良企業は淘汰される」

 環境に適応した生物が子孫を残し、他は滅びる現象。選択。

 流水や風による運搬の過程で、堆積物 (たいせきぶつ) が粒径・形状・比重などに応じて選別される現象。

(goo辞書より)

環境に適応した生物が子孫を残し、他は滅びる現象、なかなか怖い言葉です。

が、こういうことは、少なからず起こっているんです。

何に淘汰されるのかというと、テクノロジーを本格的に取り入れた社会にです。
もう少し言うと、そんな社会についていこうとしない人は淘汰されると感じています。

最初はどんなシステムも、どんなアイテムも珍しいし、
使い勝手も良いとは言えないと思います。
なんたって使ったことがないわけですからね(^_^;)
わからなくて当たり前なんです。

でも、システム自体も改良を重ねて、良いアイテムに成長していきますし、人間側も操作や仕組みに慣れて「便利なアイテム」として認識していく、ということはこれまでもよくあった話です

ただ、システムやアイテムが成長しても、使う側の人間が成長しなければ、何の意味もないと思うんです。

「わからない」「慣れない」「思うように使えない」からといって、そこで何もせず黙っていたり、非合理的なものにすがりついてしまうのは、あまりにも短絡的で現実を見ていないと言わざるを得ません。

止まっても、また歩き出せればOK

「わからない」のは、当たり前なんですよ。
立ち止まってしまうのも当たり前。

ただ、そこからまた歩き出せるかどうかです。
歩き出す、つまりは自分で調べてみることですね。

そこで理解できるならそれで良し。
調べてみても理解できない部分があるなら、わかる人に聞いてみる。
コレが一番だと思います。

ただ、自分で何もせず最初から人に聞くのは、身にならないのでやめた方がいいですよ。

しかも自分でやっていないから、覚えられない。

最も良くないのは、調べもせず聞きもせず、ただぼーっとしていることです。
いわば思考停止状態。

しかも自分でもそれに気付いていないとしたら、最悪の状態だと言わざるを得ません。
つまりは何事も面倒くさい、自分に合わせろという人は淘汰されていくということです。

現状維持は無意味

昔は現状維持のために頑張るのは有意義だったと思いますよ。
日本は成長途上でしたし、年功序列なら歳を取れば取るほど収入が上がっていくので。

今はもう、崩壊しつつありますよね?
だから現状維持を考えるのは無意味です。

時代の流れに合わせて少しずつでも変化していける人は残っていけますが、対応できない人は淘汰されざるを得ないんです。

もちろん、対応できない人同士でコミュニティをつくる可能性もありますが。

残っていきたいなら、どう変化していくか、それを決めるのはあなた次第です。

コメント

  1. […] […]

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